未知 NaKi 道【奏白】SOUHAKU

生命がある意味を筆者なりに書き残します。私は見えない世を心に映し見える世をしっかりと眺めています。苦しみの無い世へと。

昨日の追記。

昨日、質素にと書きました。

何故質素にする必要があるのかとの問いを受けていますので追記します。

見える世で余りばかりを出せば、片割れ見えない世ではそれを片付ける役割が働きます。

シマツが悪ければ片付け役が増えます。
要は「エサを与えなさんな」ということです。

エサが増えれば見えない世で片付け役はいくらでも繁殖します。
反映され見える世で起こることはマグマの活発化や戦闘などの悪戦です。

見える見えぬが連なり歩いていることを重々に見極める必要があります。

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筆者の場合はこのようなミスを重ねることも命取りになる使命ですので日常はかなり事細かい方だと思います。

お皿に残る食べ残し(油や汁も含む)は一度水を容器に少量入れてバケツに移し野外の大きな容器に貯めて畑に戻し、育った野菜たちを有難く頂く循環も日常に組み入れています。

見えぬ世の片付け役が寄ってきても、余り物など我が家にはないことを常に見せています。

今後、肉眼には見えませんが、このようなシマツを重ねるか重ねないかにより栄えるか絶えるかにも変化が起こること思います。

重々に。