ADHD日記
今の筆者の状態に病名を付けるのであれば、どのような病と下されるのか。
そして、どのようなお薬が出てくるのか。
色々な事が、その行方が気になることもあり病院を訪ねました。
筆者の病名はADHDのようです。
こんなお薬が処方されました。
このお薬が処方されたのは「ものを忘れる事が多い」とお伝えをしたからだと思います。
筆者はお薬が間好きではありません。
ただ単に拒絶している訳ではなく、化学的な薬は食べ物から摂取する微量な物質を金揃えた要素と違ってひとつの物質を多量に摂取してしまったり、体内の微調整された物質のネットワークが崩れてしまうという筆者の霊的感から好めません。
崩れたものを補う微調整を、日頃の食事等で補うことはなかなかハードです。
筆者は、自身がどのような病も発症させないとても繊細なバランスを維持していると自分自身で感じています。
だから、このお薬はどうしよっかな。
少し心身の状況と合わせながら考えます。
診察の最中に医師に初めて告白しました。
「せんせ、実はなんですけど。絶対に笑わないでくださいよ。笑いますよ。
私ね、小さい頃から命についてと、宇宙についてをずっとずーっと今も毎日考え続けていて、、笑。だから少し物忘れが多いのかも。
やめれないんです。どうやっても。
それで、、笑えますよ。これから!
…何故命が生まれるかわかったんです…。どう?笑うでしょ?…私が笑います!って…(顔を両手で隠して赤面して笑ってしまいました。だって、そんなの誰が信じますか。ただのアホみたいな感じでしょう?
…何か言い始めた…みたいな…)」
そうしましたら、医師が言いました。
「いいんじゃないですか。赤毛のアンみたいで。笑」
と笑ってました…
まぁ、確かにほんのり性格的キャラはかぶるなとは思いましたけど。。笑
先生が質問を出して、筆者が回答する内容には時々感心を持っておられるようでした。
例えば、楽譜は読めないけど、音を聞いてピアノや木琴などを熟して来たことであるとか、集中しはじめると何時間でも気が済むまでずっとひとつのことをしていられると伝えましたら。
発達障害には凸凹とした特徴が現れるようです。
発明家や画家達を筆者は連想させてしまいます。
病院には、福祉の方も付き添って下さいまして、その方がすごく懐かしい感じで、イメージとしてはお手伝いさんのような感じ。何故か昔の幼い頃に「困ったことがあれば、支え合うのが人間です。頼って下さいね。一人で悩むことはないですよ。」と、声をかけてもらった記憶のある方のように思いました。
今回の診察で病名が付きましても、ショックであるということなど全く無く、それどころか興味がわく一方です。
筆者は今後どんどん発達障害は増加すると感じています。
私達は、個性を発揮するからこそ成り立てるネットワーク性を持ち合わせていると考えているからです。
学習能力を上手く使うことにより、未来は究極に発達すると筆者は感じています。